オゼイユ、ビート、レッドフリルマスタード

松井です。今回も長い。

前回、オキザリス(カタバミ)について書いた。
オキザリス、青いトマト、辛いダイコン
オキザリスはシュウ酸を多く含む。シュウ酸のことは英語でoxalic acidと言い、オキザリスに由来するということも書いた。では今回は漢字のほうを考える。シュウ酸の漢字「蓚酸」の蓚とはいったい何なのか。

この「蓚」。訓読みで「すいば」と読む。そう、「すいば」とは、オゼイユの和名。フランス語ではソレル。「すいば」は「酸い葉」が由来。もちろんシュウ酸を多く含む。

このオゼイユも、ときどきお店からリクエストを受ける。とくに、葉脈が赤く目立ち、ところどころの赤い斑点も入ったかわいらしいレッドオゼイユ(レッドソレル)の葉を10~15mmで摘み取ったものが料理の飾りにもってこい。料理雑誌で見ない号が無いほどだ。
けれど僕は、自然に生えているオキザリスならまだしも、わざわざオゼイユを作ろうとはいまのところ思っていない。何度か試したのだが、やはりあの酸っぱさが苦手でほったらかしにしてたら茶色に枯れてしまう。

とはいえ、できませんありませんでは申し訳ないので、そのようなお問い合わせがあるときには代わりにマイクロプランツのビートデトロイトをお勧めしている。サイズも多分シェフが欲しいと思うものと同じくらいだし、赤い葉脈が映えるのも同じだし、そして何より、シュウ酸があまり含まれていない。根っこごと収穫出荷しているけど、葉だけ摘んで使うこともできる。なんせ酸っぱくない。

さて、このビートデトロイトは、根菜であるビーツの若い葉。若いうちに収穫せずにほうっておいたビートデトロイトは、3ヶ月もたつとビーツになろうと根部が膨らむ。100日を超える頃には立派なビーツができあがる。正真正銘、あのボルシチに入るビーツだ。だから、本来この葉の名前は「リーフビート」、あるいはあえて「小さい」という意味を込めるなら「ベビーリーフビート」という名称で十分なはずだ。にもかかわらず一般には、葉を食べるベビーリーフのビートを”デトロイト”と呼ぶ。

一体なぜだろうか。「デトロイト」、どこから来た?もちろんおそらくは、アメリカの北東部の都市名なのだろう。自動車工業が盛んで、五大湖の近くにあって。だけどなぜデトロイトなんだ?
ちなみに「ビートデトロイト」は完全な和製英語で、外国でbeetdetroitと言っても、もちろん全く意味が通じない。

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昔、アメリカは一大農業国だった。いや、今も農業が盛んだ。アメリカに渡ったヨーロッパ人の多くは農業入植が目的だった。人口が多くなり狭くなったヨーロッパから、一獲千金を夢見てアメリカ大陸へ渡った人々は、もちろん当時から盛んに食べられていたビート(ややこしくなるのでここからは根を食べるビートをビートルートと呼ぶ)生産も、アメリカへ持ち込んだ。

農業をやるうえで、様々な苦労があったろう。そもそも気候も風土もヨーロッパと異なる開拓地で、バッファローと闘いながら、地平線すら見える広大な荒れた土地に一人、テンガロンハットに片手を添え、持ち込んできた作物の種を撒いてみる。上手く作れない。
・・・完全に西部劇のイメージだけで語ってます、すみません。

ビートルートを持ち込み試行錯誤を繰り返す農業入植者たちは最初はうまくいかなかったが、ついにアメリカの風土に合った素晴らしい品種改良を成し遂げる。その品種の名前は「デトロイトダークレッド」。この品種、何がすごいかというとまず一つ目に、生育とサイズのそろいが非常に優れていること。二つ目に、完全に球に近く縦横の比率が均一なこと。そしてさらに、固定種であること。あ、もちろんダークレッド、色も濃いんだけど。
(種の種類について、品種改良について、固定種とF1の違いについてなどは、いずれ書きたい。)
というわけで、大変生産性が高い品種だ。しかも味もいい。

アメリカで、おそらくデトロイトで開発された「デトロイトダークレッド」は、現在に至るまでビートルートの代表品種となった。ビートルート生産と言えば「デトロイトダークレッド」という品種一択。デトロイトダークレッドでなければビートルートは作れない。言い過ぎか、いや、あながち言い過ぎというわけでもない。この品種、ヨーロッパにも逆輸入された。
ちなみに現在の日本でも、事業用農業の為のビートルートの種となると、実質この「デトロイトダークレッド」一種類しかない。品種輸入販売業者はタキイ種苗。(事業用農業の種について説明は割愛するが、簡単に言うと品質保証有りの種子)

さて、時は移り1970年代、アメリカでは健康を意識してかサラダ消費が増え、若葉を摘んで混ぜてサラダにするというスタイルが大流行した。ベビーリーフミックスというパッケージ商品の誕生。そしてその時にビートの若葉もベビーリーフにすればさほどえぐみもなく食べられ、しかも色合いが良いということで生のビートの葉をサラダに混ぜて食べるという文化が生まれた。もちろんその時のビートの種には「デトロイトダークレッド」が使われた。

さらに時を経て、アメリカで大流行したベビーリーフミックスが日本にやってきた。日本で初めてベビーリーフミックスを扱った商社の日本人が、持ち込み教えてくれるアメリカ人に、ミックスされたそれぞれの葉の名前を聞いた。この、軸の赤い葉の名前を聞く。
「What is this?」
「This is ・・・・デトロイトダークレッド・・・」
と、残念なことにデトロイト以降の部分だけしか聞き取れなかったらしい。品種名まで教えてくれる大変親切なアメリカ人だったのだろうが、それが災いした。商社の日本人はビートの葉のことを「デトロイト~~」という名前だと思ったそうで、縮まってデトロイト。というわけで、一番大事な「ビート」の部分はすっ飛ばして、その葉の名前が「デトロイト」となった。
最近ではさすがにデトロイトだけでは何のことか意味不明だからか、「ビートデトロイト」という名前が市場に浸透している。

長くなった。長くなったが、なぜビートの若葉に「デトロイト」なる珍妙な名前が付いたのか、全部説明するとこうなってしまった。多少脚色はあるので件の商社のソースページも併記しておく。
http://mvm.hateblo.jp/entry/2018/04/18/171332

「デトロイトダークレッド」という品種のそもそもの誕生は英語で書かれた野菜の話を書籍でちらちら読んでいた時に出てきたエピソードだったので、引用は無い。

というわけで僕はビートの葉を「デトロイト」と呼ぶのには若干の違和感がある。しかし、新しい物の名前なんて、そんなものかもしれない。「ホッチキス」なんていまだにステープラーじゃなくてホッチキスだし、「ウォークマン」だって「写メ」だって、もはや原型をとどめてないのに概念として名前が残っている。「写メ」って「写真メール」の略だよ?「この野菜、写メとっていい?」・・・「メール」の機能どこいった?

野菜なんて、ちょっと違うタイミングで収穫したり、かけ合わせたりすればすぐに目新しい色や形のものが出来上がる。それを市場でアピールしようと思えば、目新しい名前を付けたくなる気持ちもよくわかる。「魔法の~」「極上の~」なんて冠が付くのなら誰も真似しないけれど、「デトロイト」なんていうさもありそうな名前だと、それが正式名称だと認知されてもおかしくない。



ちなみに当社のベビーリーフのなかの一つ「レッドフリルマスタード」の名称は、12年前に松井が考えたオリジナルです。
この葉は、からし菜とミズナを掛け合わせた品種で、15年くらい前に開発されたもの。開発されてしばらくの間、この葉は「赤リアス」と呼ばれていた。品種改良で初めて世に出したのは東北の「渡辺採種場」。その会社が葉のギザギザ具合から同じく東北の「リアス式海岸」に掛けたのかは定かではないけれど(きっとそうだ)、緑の葉を「リアス」、紫の葉を「赤リアス」という品種名で売り出したのが始まり。からし菜(マスタードリーフ)とミズナを掛け合わせたものだから、正式な野菜としての名称(?)はおそらく「赤からしみずな」とかいうものになるかと思う。

12年前はほとんどの葉物野菜農家が品種名そのままの「赤リアス」と呼んでいたのだけど、そんな野暮ったい名前で売り出したくなかった農業始めたての20代松井は、頭をひねって「レッドフリルマスタード」なる名前を付けたのです。

最近よく、他のベビーリーフ農家が「レッドフリルマスタード」という商品名を謳ってあるのを目にする。名付け親としては大変心躍り、非常に感慨深い思いです。

商品ページはこちら
マイクロプランツ・ビートデトロイト
ベビーリーフ・レッドフリルマスタード